映画『フェイブルマンズ』は映画監督スティーヴン・スピルバーグの「半自伝的映画」です。
しかし、自伝というより監督の記憶を元に脚色された作品として見ると楽しめます。
大監督スティーブン・スピルバーグが映画少年をどう描くのかを観るのも楽しみです。
実話の話は、後半に書きます。また、あらすじでネタバレになりますのでご注意ください。
| 原題 | The Fabelmans |
| 公開 | 2022年 アメリカ |
| 監督 | スティーブン・スピルバーグ |
| 脚本 | スティーブン・スピルバーグ、トニー・クシュナー |
| 音楽 | ジョン・ウィリアムズ |
| 上映時間 | 151分 |
映画『フェイブルマンズ』あらすじネタバレあり
幼いサミー・フェイブルマンは、ある夜両親と一緒に映画館に行く。大きなスクリーンに列車が映し出されて、車と列車が衝突する。
映像の激しさ、音も大きい、サミーは恐ろしかったが、同時に強烈にこころを動かされます。
「もう一度、この場面を見たい」
サミーは、家で両親から買ってもらったおもちゃの列車を使って、映画の衝突の場面を作ろうとする少年だった。
家族は、父バートはエンジニアで、母ミッツィはピアノを弾く芸術家肌の女性です。
父は映画をただの娯楽だと考えていたが、母は、サミーの興味を理解していた。
サミーは8ミリカメラを手に入れ、家族や友人を撮り始める。そのうち仲間と映画を撮るようになり、彼にとっては遊びのレベルを超えていた。
家族は、カリフォルニアに引っ越す.父の仕事のためだった。
サミーは、新しい町で学校生活を始めるが、彼の家族はユダヤ教なので町では特異な存在として、人間関係はうまくいかなかった。
学校生活ではユダヤ人であることを理由にいじめられた。
そんな環境だったが、クラスメイトから学校行事の撮影を頼まれ承諾する。
学校行事の記録映像をお披露目して評判を得るが、サミーが思っていない反応もあり戸惑ってしまう。
サミーをいじめていた奴を映像で、コケにしたので怒るのは予想していたが、いっぽうのイケメンはカッコよく撮ったのにド突かれてしまう。
奴の言い分は「映画と現実は違う」
スクリーンに映った姿が軽薄に見えいじめの仕返しかと怒ったが、最後はすんなり消えた。
サミーは、あらためて自分が撮った映像を見て気付く。
「人は、自分が思っているよりも複雑だ」と
以前、サミーは家族のキャンプ旅行の映像を見て、あることに気付く。
ショットの遠くに母と父の友人ベニーの姿を見つけ、二人の親し気な仕草に違和感を持つ。
サミーは、母とベニーの間には、家族とは別の感情があると気づく。
「見なければよかった」
その映像は、家族旅行作品とは別にしたが、もう映像は消せないし、彼の心にも深く残った。
カメラは、楽しい時間だけでなく、隠されていた真実までも記録してしまう。
やがて両親は離婚することになり、家族は別々の生活に変わる。
彼は、学業を続けるが映画を諦められずに苦悩する。
ついに父も彼の気持ちを尊重して映画の仕事に就くことを了承する。
ある日、サミーは映画会社の面接に行き、そこで映画監督ジョン・フォードと出会う。
サミーに対するメッセージは一言だった。
「地平線を画面の真ん中に置くな」
彼の言葉は示唆的だったが、受け取ったことは、映画は、現実を移すだけのものではない。どこを見るかを選ぶことができる。
彼は、歩き出す。
ラストで、カメラを動かして地平線をずらした。
母のくちぐせ「出来事には意味がある」
映画 『フェイブルマンズ』感想
「フェイブルマンズ」を観て、本作は映画の製作側(アクティブ)ですが、わたしは(パッシブ)側からの経験とすり合わせてみました。
私の子どもの頃、8ミリ撮影がブームになったことを思い出します。その頃はフィルムが高く撮影機材や映写機も高価で一般に普及していない感じでした。
家族旅行や誕生会の映像を裕福な家に呼ばれたときに何度か見た、そんな感じで子どもの頃から撮影するなんて考えられない環境でした。
映画は観る専門で、それも狭い映画館で立ち見でした。
でも、映画館のスクリーンがまぶしく大音量でビックリしたのはサミーと同じです。
映画との関わりで同じだなあと感じるのはここまでで、この先は感心することばかりです。
スティーヴン・スピルバーグ監督が自身の成長と映画の光と影を意識していくことはとても興味深い。
本編でも、家族旅行の様子を撮影している中でサミーが狙っている被写体でないものまでカメラの性能で写ってしまう。
母と父の友人ベニーの様子をサミーは撮ろうとした訳ではないのに写ってしまう。
サミーは、戸惑うがカメラの怖さも知ってしまう。
撮影する人には見えていなくても、カメラの向けた先にあれば映る。
彼は、撮影している時とフィルムを見たときの違いを実感したのだと思う。
もう一つ、学校行事を撮影した時、彼の思惑と違って戸惑っているのも印象に残った。
学校行事の上映会で、以前サミーを殴ったイケメンに上映後詰め寄られるシーンは、意外だった。
彼を殴ったイケメンが、上映ではヒーローでかっこよく映っているのに、バカにされたとサミーに詰め寄る。
イケメンにして見れは、映像で噓の理想を作られているのは心外だった。
彼の捨て台詞「現実と映画は違う」
当時の映画のヒーローは作り物感が強かった裏返しなのかもしれない。
最後に、母の描き方に私の思い込みを書きます。
スティーブン・スピルバーグは、母と父の友人ベニーとの関係、離婚とつながる中で当時の彼からすればショックだと思う、映画上にサミーと同じ性格だとしたら彼は両親が好きだ。
その二人が別れるのは納得がいかない、自分を応援してくれた母に不信感を持ち拒絶したことを整理できたから映画にできた。
言い争いからサミーの背中を叩いてしまって、母の手形がついたそれが年月を経て勲章になった。
後年、母との気持ちが素直になった証拠に、妖精のようなダンスシーンが美しく描かれているのが表れだと思う。
超有名人の家庭の物語だけれど、映画をしっかり観ると自分にも関係あることを教えてくれる。。
映画『フェイブルマンズ』はどこまで実話なのか
作品中のエピソードはほぼ実話ですが、映画の脚色上実際に起きた順序、会話などはドラマチックになっている所はあります。
脚本をスティーブン・スピルバーグと共に関わったトニー・クシュナーも「この作品は自伝そのものではなく、自伝的物語にフィクションを加えたもの」と説明しています。
本作で大きなトピックが二つありますが、一つ目は母親の不倫をサミーが撮影したフィルムから発見する場面は、映画的な創作ではないです。
スピルバーグ本人が、インタビューで話しています。
「母親と父親の親友との関係を、撮影した映像を見ることで初めて認識し、しかも、当時は父親にはそのことを話さなかった」
もう一つ、16歳のスピルバーグがジョン・フォードから話してもらったことは、本人によれば実際にあった出来事です。
ジョン・フォードの話の内容はインパクトのあるところをピックアップしていますが、スピルバーグにとってはインパクトがあったことは間違いないです。
最後に一番大切な実話は、「映画」がスピルバーグの人生を変えたことです。
まとめ
本作の伝えたかったことと重なりますが、面白いのはこの作品では家族を見ているのはカメラなんです。
サミーの目線ではないんです。
最初、サミー目線と思って観ていると違和感があったのですが、それに気づくと別の観かたができて面白かった。
サミーは、家族の中で起きていることは直接理解できません。
両親の関係も、母親の苦しみも、彼自身の気持ちも最初はよく分からない。
しかし、カメラに映った世界を見るとそれまで見えなかったものが見えてくる。
「現実で見えなかった真実を、映画が見せてくれた」
この体験が、この映画のテーマでもあります。
監督自身も「映像が教えてくれたことを、自分の真実として信じた」という趣旨の発言をしていることからも裏付けられます。
映画が少年スティーブン・スピルバーグを成長させる物語。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
