映画『カッコーの巣の上で』は1975年公開のアメリカ映画で、精神病院を舞台に自由と管理、個人の尊厳と社会の圧力を描いたヒューマンドラマです。
そんな昔の映画を観る価値あるのか、という質問がありそうですが、作品発表から半世紀が過ぎても価値があるテーマを扱っています。
さらにジャックニコルソンをはじめ、キャストの過剰ともいえる演技は今も色あせていません。
逆に昔の建物やファッションがテーマの重厚さを引き立てます。
『カッコーの巣の上で』を観るうえでのポイント、キャストなど関連することをまとめてありますので、よろしくお願いします。
映画『カッコーの巣の上で』あらすじ
公開年 1975年
原作 ケン・キージー『One Fiew Over the Cuckoo`s Nest』
監督 ミロス・フォアマン
主演 ジャック・ニコルソン
物語は、主人公マクマーフィーが、刑務所での労働を逃れるために精神病を装い、精神病院に送りこまれるところから始まります。
ちなみに、原題を直訳すると「一羽のカッコーの巣の上を飛んで行った」という意味ですが何の意味かわからないので調べてみました。
“Cuckoo”は英語圏では「狂気」や「頭がおかしい」という俗語で精神病院や社会が作る異常な管理空間を指す言葉です。
まさしく、タイトルからして狂気の巣の上をひとり飛び越えてようというイメージを含んでいたんです。
病棟を管理しているのは婦長ラチェッドで、院内の雰囲気は表面上とても静かですが、抑圧的です。
そこにマクマクフィーが現れ、患者たちを巻き込んで笑いや遊び心など自発性を取り戻させようとします。
当然、静かで抑圧的な環境と自由を求める行動は激しくぶつかります。
病棟の秩序と自由を求める行為がぶつかり合うエピソードを通じて、人間らしく生きるとは何かを問いかけてきます。
主要キャスト、マクマーフィー、チーフ、婦長の関係が重要
少しネタバレ有
マクマーフィーは、病棟患者の自発性と活気を取り戻そうとします。
チーフは、周りの人には耳も聞こえず口もきけないと思われていますが、周りを欺き実は病棟の空気を一番わかっている存在です。チーフは、マクマーフィーだけには心を開いている。
対して婦長ラチェッドは、影の暴力的な方法で患者を支配し、秩序を守るためなら人格を抑え込みます。
この三者の関係がこの作品のテーマの対立、自由と服従、沈黙と覚醒、制度と人間性を表しています。
管理するための暴力的方法とは、ロボトミーで、外科的に患者の行動を抑制していたのです。
この方法で最悪自発的に考えられなくなり、廃人になる可能性もあることを知っている患者たちは、心ならずも服従していたのです。
この作品を観なおしてみると、半世紀前のアメリカは非常に抑圧的であったと感じますが、この状況を映画で伝えられる空気も同時に持ち合わせていたのはさすがです。
映画『カッコーの巣の上で』感想
作品を観るべきか迷っている方のために、私の感想を含めて述べます。
『カッコーの巣の上で』は第48回アカデミー賞を5部門も受賞した作品ということで何が良いんだろうという気持ちで観ました。
当時は、正直観ただけ、という感じで何も分からなく、アメリカのことを知りたいだけで、基礎知識もなく映画を観ていました。
今回観なおして、社会の抱えている問題をエンターテインメントとして観客に重いテーマを問いかけている。
それもドキュメンタリーやニュース映像としてでなく映画で。
映画には各作品テーマがありますが、アプローチ方法が直接的に答えを提案するのではなく、観客に問題を出して受け止めてもらうんだと感じました。
たとえば、主人公マクマーフィーは病棟にとっては厄介者ですが、患者にとっては希望で、クリスマスには酒も飲みたいし、騒ぎたい気持ちを実現してくれる。
行動は過剰だと思いますが、彼を大切にする。
患者は表面的には服従しているが、内面では考えがしっかりあるのに気がつかされる。
が、急激な変化が、制度や仕組みに混乱をもたらすことも見せられて観客である私たちをも刺激してくれる。
人が思っている自由と秩序のバランスを示す単純な方法は、両極端を見せることだ、
これが幸せのかたちと言われても頭で分かっても腹落ちはしないんだろう。
この作品では、婦長が逆の極に居るからマクマーフィーのポジションが判る、でも背中合わせで一つなのかもと感じた。
ラスト、病棟の秩序は回復するがその代償は自発制を失ったマクマーフィー象徴的だ、しかし、彼の行動はチーフを通じて精神が伝わるのが救いだ。
大なり小なり、みんなも直面する問題ですから、心が重くない時に観るとより考えられる映画です。
面倒でも時間を作って観てくださいね。
『カッコーの巣の上で』の関連情報
『カッコーの巣の上で』は映画だけでなく、原作小説や舞台でも高く評価されてきた作品です。
原作小説はチーフの視点を軸に展開していき、彼の一人称で現実の病棟の描写などと思いが交錯し寓話的要素も加えて描かれています。
映画では、マクマーフィーが中心で客観的に反抗の物語の要素が強く、エンターテインメント性も高まっています。
舞台では、得意な表現方法である会話を中心に、閉鎖空間の緊張感を際立たせています。
様々なメディアで表現されるということは、それだけクリエイターも刺激される作品です。
日本でも舞台化されますよ。
まとめ
この映画は、ストーリーを追うだけでなく、作品のテーマを考えながら観たい人には特にお勧めします。
各メディアの作者が原作からどの部分をピックアップして表現するかも見る価値があると思います。
映画版ラストで、原作タイトルのOneはチーフであることが明らかになります。
ラストは衝撃的ですが、クリスマスの夜にマクマーフィーが脱出しなかったのも、作者の意図が分かります。
最後に、患者の中で自ら進んで精神病棟に入っているというのがびっくりしました、自分には驚きの話ですが、精神病棟の役割の他の一面も知りました。
他の映画でもロビンウィリアムの『パッチアダムス』も似たような設定だと思います.
他にも病院関係の映画のまとめもありますので、是非読んで下さい。



最後まで読んでいただきありがとうございました。
