『刑事ジョン・ブック/目撃者』ハリソン・フォードが主演のサスペンス映画なのでハラハラ、ドキドキする作品です。
1985年公開のアメリカ映画で、殺人事件を目撃したアーミッシュの少年とその母親を守る刑事ジョン・ブックの奮闘を描いたサスペンスです。
ストーリーは、クラシック音楽の交響曲のように展開していくので、あっという間に時間が過ぎていきます。
第一楽章は、はらはらドキドキのスタートで、展開のスピードについて行けるか心配してました。
でも、大胆にシーンが変わっても楽章が変わるように違和感なく観れ、第四楽章まで、スムーズにシーンが進みます。
この映画はただの刑事ドラマではなく、都市社会と、信仰と共同体を重んじるアーミッシュの世界の価値観がぶつかり合いもあり、考えさせられます。
映画『刑事ジョンブック目撃者』はジャンルはサスペンスですが、若い時に観たときには感じなかったことを、年を取ってから観ると全く違う視点で楽しめたのは発見でした。
こんなに楽しめる視点が豊富な作品とは、当時は全くわかりませんでした。
映画『刑事ジョンブック目撃者』ネタバレにならないあらすじ!
アーミッシュの少年が、偶然の目撃から始まる犯罪サスペンス。
主人公ジョン・ブックが、自分の価値観とはまったく異なる共同体に身を置くことで、物語の色合いが大きく変わっていくのが特徴です。
あと各シーンごとのバックに流れる音楽に気を付けるとより楽しめますよ。
ジャンルがサスペンスなので、これ以上のネタバレは無粋。
私ごとですが今回、この映画を観たのは4回目。
時間が経過し、自分が年を取ったせいもありますが、何度見ても発見がある映画です。
一回目は、サスペンス映画としてハリソン・フォードを中心に楽しめました。
二回目は、アメリカ国内に独特の価値観を保ち続けている地域があるのにビックリ。
それまでは、合衆国全土が現代都市とカン違いしていたので。
三回目は、社会(警察組織の裏側の闇を暴く)ジャーナリズムっぽい視点で。
今回は、昔からの価値観と、現代の価値観とどのように折り合いをつけていくか?
また女性、とりわけ母親のつよさに気づかせてもらいました。
あと、現代のポリコレでは、作れないようなシーンがたくさんあります。
(それもその時代ではスルーだったよな、としみじみしてしまいます。(失礼)
映画『刑事ジョンブック目撃者』監督つながりでビックリ
監督ピーター・ウィアー
シドニー出身の映画監督・脚本家。1974年劇場用映画デビュー。
1985年「刑事ジョン・ブック/目撃者」でハリウッドに本格進出し、
『いまを生きる』(1989年)、
『グリーン・カード』(1991年)、
『トゥルーマン・ショー』(1997年)などを手掛ける
私は、気づかないうちに同じ監督の映画を観ていたんだ。
『いまを生きる』主演のロビン・ウィリアムズ、『トゥルーマン・ショー』主演のジム・キャリーを好きになったのも、これらの作品のおかげです。
二人はどちらもコメディー俳優ですが、映画では新しいキャラクターを演じており、いい意味で私の期待を裏切ってくれました。
監督として評価され何度もアカデミー賞にノミネートされています。
残念ながら、2024年に監督行からは引退されています。
映画『刑事ジョンブック目撃者』アーミッシュってどういう人たち?
作品中に登場するアーミッシュについて、映画の中で「あれっ」と感じることも、知っていると臨場感に浸れます。
場所は、アメリカ合衆国の北西部ペンシルベニア州、オハイオ州、カナダオンタリオ州などに居住しています。
ドイツ系移民がルーツです。
言葉は、映画の冒頭のシーンで長老たちが話しているのはドイツ古語です。
現在は共同体の外部とのコミュニケーションには、アメリカ英語を話しています。
アーミッシュはアメリカの厳格なキリスト教共同体です。
共同体のルールは厳しく、映画の中でしばしば主人公ジョン・ブックがルールを破るシーンがあります。
何が悪いのかピンとこないシーンがありますが、ネタバレにならないように宗教ルール違反の一部をお知らせします。
怒ってはいけない。
喧嘩をしてはいけない。
讃美歌以外の音楽を聴いてはいけない
派手な衣装を着てはいけない
など、思いっ切りやぶってます。
共同体のルールの厳しさはありますが、劇中でも出てくる共同での作業などの連帯感はすごいです。
蛇足ですが、アーミッシュの風習は古き良きアメリカの時代を表している訳ではありません。
第二次大戦まで、教義で徹底した非暴力主義のために、アメリカ国内でも抑圧された歴史があります。
収入は、農業で自給自足しています。
映画『ジョンブック目撃者』でアーミッシュが知られるようになりましたが、
映画用に脚色されているところもあります。
映画『ジョンブック目撃者』から見えた知らなかったアメリカ
アメリカ合衆国は個人主義だけの国ではない。
日本国内にいて知ってるアメリカは、全体に自由で先進で世界をリードしているイメージでした。
しかし、そんな合衆国内で農業を中心にした時給自給している人々もいる。
言葉は通じても、まったく生活環境、価値観の違う人々もいる。
こういう問題は全く知りませんでした。
日本でも地方と都会の違いがありますが、宗教的に全く価値観が異なるという感覚はないので、それが問題とは思いません。
しかし、宗教的価値観が異なる人々とどの様にかかわるのがいいのか考えさせられました。
私は、生まれたときから人間関係の薄い街育ちなので、厳格なルールのある共同体には馴染めません。
小さいころは、宗教的規律がしっかりある方がカッコいいと感じていました。
でも、今は生活全般や感情にまでの規律は遠慮したいです。
何か共通の目的を持つ人たちの集まりが共同体なのかな?
一神教の神様は、トレードオフで契約してくれるのかな?
そんな疑問を持たしてくれた映画です。
ジョンブックの共同体とレイチェルの共同体の対比も面白かったけれど、
それぞれの共同体内での組織と個人の関係も考えさせられました。
1985年当時から、アメリカでも共同体の在り方について疑問を感じていたんだな。
2026年、日本も身の回りで似たような課題に直面するとは思いませんでした。
映画の本題から脱線しましたが、やっぱり映画はすごいです。
